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「現場にとって必要なものは被災地に行けばわかるはず」弁護士・永井幸寿と津久井進から学ぶ有事への備え方と真の災害復興

~#自由に生きちゃダメですか Vol,3 永井幸寿×津久井進×かめいし倫子~

プロフィール

  • 永井幸寿

    永井幸寿

    1955年生まれ。弁護士。日本弁護士連合会災害復興支援委員会・緊急時法制PT座長。関西学院大学災害復興制度研究所客員研究員。日本赤十字看護大学非常勤講師。公益財団法人永井記念薬学国際交流財団評議委員。アンサー法律事務所所長。主著に『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)、『よくわかる緊急事態条項Q&A』(明石書店)などがある。

  • 津久井進

    津久井進

    1969年生まれ。弁護士。弁護士法人芦屋西宮市民法律事務所代表社員。日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員長。近畿災害対策まちづくり支援機構事務局次長。兵庫県震災復興研究センター共同代表。日本災害復興学会理事。一般社団法人減災復興支援機構理事。

自由に生きちゃダメですかーー。政治家を目指すかめいし倫子が社会課題に真剣に向き合い、考える対談シリーズ。第三弾は阪神淡路大震災をきっかけに、震災復興に尽力してきた弁護士の永井幸寿(ながいこうじゅ)さん、津久井進(つくいすすむ)さん。そもそも弁護士として震災復興に奮闘するとはどういうことなのか?現場に赴き、被災者と直接、向き合ったからこそ見えてくる、行政のあり方や平常時の対応についてまでお話を伺います。

大切なのは、震災を忘れてはいけないということー継続的な支援の重要性

亀石

まず、日本はいつ、どこで地震や津波などの災害が発生してもおかしくない災害大国です。弁護士が災害支援に関わる必要性をどのように感じておられますか?

永井

私が災害支援に初めて関わったのは阪神淡路大震災の時です。この地震では約20万棟の建物が全焼・全壊・半焼・半壊したのですが、その後、行政主導のまちつくりはそのうちの「3%」にしか適応されず、残りは住民が自力で修復しなければいけませんでした。つまり、「97%」の地域では、住民が法律に適合しない独自の基準で家を再建してしまったのです。これでは、次にまた同じ災害が発生したときに多くの家が倒壊のリスクを抱えたままになってしまう。そうしたリスクを回避するために、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士などで立ち上げたのが「阪神淡路まちづくり支援機構」です。

亀石

なるほど。災害支援の組織づくりには時間がかかるものですが、この団体は震災後、すぐに立ち上げることができたのでしょうか?

永井

いいえ。設立するまでに様々な混乱があり、1年9か月もかかってしまいました。この「阪神・淡路まちづくり支援機構」はまちづくりに特化した組織ですが、そもそも、当時、弁護士会には災害問題を取り扱える部門がなかったんです。弁護士も災害に際して自分たちが必要とされることを理解していませんでした

亀石

それで、災害発生時、他の地域の弁護士を被災地に派遣するシステムを構築されたんですね。やがて、全国の弁護士が災害復興支援活動に関わるようになります。災害対策の原則で「準備していないことはできない」という言葉がありますが、本当にそうだと思います。

津久井

災害に関する諸制度は、阪神・淡路大震災をきっかけに整備され、改善されていった経緯があります。例えば「被災者生活再建支援法」によって、被災者が、被災から復興を目指す過程で支援金が出るようになり、新潟中越地震の際に生活再建の助けになりました。

亀石

その後の災害時に、迅速に対応できるという仕組みが弁護士主導で作られたのですね。

津久井

そうです。しかし、制度が改善されていく中で芽生えていた「いつ災害が来ても前よりましになるはずだ」という思いは、東日本大震災でもろくも打ち砕かれました。それまで積み上げてきた復興支援のノウハウが、通用しなかったからです。

亀石

改めて、東日本大震災は広域で、甚大な被害をもたらした災害だったと痛感します。

津久井

とはいえ、震災の数か月後には、当時の民主党政権が主導して「義援金差押禁止法」「被災ローン減免制度」「東日本震災事業者再生支援機構」「特区法」などが成立しました。最初の数年で、およそ40を超える法律ができて、阪神淡路大震災以降、溜まっていた宿題が一気に片付いたように思いました。

亀石

阪神淡路大震災から15年もの間、なぜ制度が改善されなかったんでしょうか。

永井

災害時の諸制度を改善したいと打ち出しても、わかりやすく得票につながらないのです。だから、国会議員がこの問題を取り上げてくれなかった。けれども、東日本大震災をきっかけに復興庁が誕生し、官僚が私たちの提言を震災復興の参考にしてくれるなど、制度がどんどんレベルアップしたんです。この分野に関して、民主党政権は良いことばかりでした。

「災害が起こった時、本当に必要なのは権力の分掌なんです」ー現場ファーストで考えた時のあるべき権力構造とは?

亀石

政権の体質によって災害復興の状況は大いに変わってきます。ところで、自民党政権の改憲項目の中には「緊急事態条項」があります。これは災害に関係するものですが、永井さんは憲法審査会で意見を述べられていますよね。

永井

東日本大震災の翌年、日弁連の災害復興支援委員会の委員長としてNHKの憲法記念日の討論に呼ばれました。その時議論になったのは「災害に備えて憲法に緊急事態条項を入れる」ことについてでした。それを聞いて本当に驚きました。20年間災害復興支援をやってきて、緊急事態条項が必要だと思ったことは一度もないからです。

津久井

緊急事態条項というのは非常時、政府に権限を集中させるというものです。災害を映画『シン・ゴジラ』のストーリーのように解決できるという考え方ですね。万能な指導者がトップダウンで指示を出せば、全てのことが上手くいくという発想です。しかし現実はその真逆で、現場の外にいる人間が何もわからないまま何か決定を下すと、現場は動かなくなってしまいます。

亀石

現場にいる方が最も的確な情報を迅速にキャッチしているので、当然ですよね。

津久井

例えば熊本地震の時、安倍首相が体育館の外に避難している被災者を体育館の中に入れるよう指示しました。しかし、体育館の中はすし詰め状態で、これ以上、人が入れる状態ではなかった。結局、指示通りに動けなかったんですが、その晩に、その体育館が倒壊したんです。もし緊急事態条項があって、その指示を強行していたら、大勢の方が亡くなっていたかもしれません。現場のことを知らない人に大きな権限を与えるというのはそういうことです。

亀石

具体的な例を聞くと、よりその条項が現実に即していないことがわかります。そればかりか、災害をダシに濫用される恐れもある条項です。

津久井

災害が起こった時は現場にいる人が現場判断できるような準備と、むしろ権限の分掌が最も重要なんです。本当に災害について考えてきている人はそれを分かっています。

亀石

アメリカやイギリスは市民が立ち上がった経験があるから権力に対する警戒心がある。一方で、革命を経験していない日本は、国が私たちを守ってくれるんだという考えが浸透しているように感じます。そうした国民性がこういう場面でも影を落としているのかもしれませんね。

永井

災害の問題は、地方自治をめぐるものです。情報を持っている地方自治体が現場への権限を持ち、都道府県がバックアップし、国がそのさらに後ろで支援するという構造が適切です。2011年に福島、岩手、宮城の市町村にアンケートを取ったら被災自治体の96%が第一権限は市町村が持ち、国は後方支援すべきだという考えでした。災害対策基本法もそういう構造になっています。

「災害対策が完成することはないんです」有事に迅速な対応をするために必要なのは、市民にとっても行政にとっても日頃からの備え

亀石

平時にしておくべき準備について、何かお考えがありますか?

永井

災害時にはたくさんの特例が出されるので、それを平常時から法律化しておく必要があると思います。アメリカでは民主党政権の時に、平常時から法の不備を調査し、立法化するために発足された委員会がありました。日本もそうすべきだと思いますね。

災害復興支援が完成することはないんです。災害はケースによって形も対応も変わりますが今後も絶対、発生します。また時代の変化を汲むことも重要です。法律は平常時しか想定していないので、災害時の特例条項を設けたり、縦割り行政を改めるべきなんですよ。

亀石

立法分野もやはり普段からの備えが重要ということですね。

永井

一番大事なのは現場です。現場に行って自分が歩き回り、直接話を聞いて、可能であれば被災者と寝泊まりする。そうしたら目の前の人の暮らしを再建するのに必要なものは何なのか、すぐに分かるはずなんです。

亀石

東京で起きたことには当事者意識を持つけど、地方で起きたことに関しては本気で考えない。そういう体質は他の事例でも見受けられるように思います。

津久井

根本的には憲法を軽んじている姿勢も影響しているんじゃないかと考えています。国民、市民を主体とした憲法の理念に基づいて普段の行政をやっていれば、災害発生時に被災者を単なる“かわいそうな援助の対象”としてではなく、主体とした対応ができると思うんです。被災者生活再建支援金が約20年間で4350億円程度というのは少なすぎます。

亀石

現場感覚を持ちつつも憲法の理念といった大きな視点からも思考する必要があるんですね。そうして支援に取り組んできたおふたりにとって、真の災害復興とはどのような状態だとお考えですか?

津久井

私たちの最終目標は、1人1人の被災者が幸福を追求する環境を取り戻すことです。

亀石

豊かな生活そのものを再建するということですね。

津久井

災害支援金の支給と平時の福祉を組み合わせて、各被災者に合った形で提供するのが適切なフォローアップの方法だと考えます。それを私たちは災害ケースマネージメントと呼んで、どのケースにもそう対応するよう提言しているんです。その土台として必要だと考えて日弁連で作ったのが、被災者が自身の情報を把握し自己決定するための「被災者生活再建ノート」です。

永井

実は有事の際、個人情報保護条例が被災者支援を妨げている側面があるんです。南相馬市では、避難時に高齢者や障がい者が取り残されてしまったんですが、支援に行くために彼らの住所を市に問い合わせても、個人情報だから教えてもらえないということがありました。結果、命に関わる状態になってしまったんです。条例上個人情報は開示できることになっているんですが、自治体は保身のために個人情報を出さないことがあるんです。

津久井

そういう時に役立つものとして、経験から作りました。現場に行くと、目の前の被災者を助けるために必要なことがこうした小さなことから、議員の姿勢まで本当に数多くわかるんです。

亀石

お二人は長年の経験から、目の前の被災者の生活再建のために立法・行政のあり方まで具体的に考えられていて、本当に学びになりました。ありがとうございました。

阪神淡路大震災を経験したことをきっかけに震災復興に主体的に参画してきたお二人。現場での経験があるからこそ見える行政や立法の備えについて聞くことで、災害時の議員の役割も見えてきました。第4弾は沖縄の基地問題に弁護団として取り組んできた、弁護士の神谷誠人(かみやまこと)さんと小口幸人(おぐちゆきひと)さん。県民と接しながら感じた、生活に浸透する民主主義の姿とは?沖縄が歩んできた歴史から、政治と市民の距離を考えます。